高校の同級生だった体操の岡慎之助とフィギュアスケートの鍵山優真

2024年パリ五輪代表である岡慎之助選手と、2022年北京五輪銀メダリストである鍵山優真選手は高校の同級生です。高校の同級生というだけでも興味深いですが、彼らは体操とフィギュアスケートという異なるスポーツでそれぞれの道を歩んでいます。この記事では、岡選手と鍵山選手の高校時代について詳しく掘り下げていきます。

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岡慎之助と鍵山優真の出会い

岡慎之助選手と鍵山優真選手は、星槎国際高等学校横浜鴨居学習センターで出会いました。星槎国際高校は定時制高校で、2人は星槎国際高校横浜鴨居学習センタートップアスリートコースの同級生でした(2022年3月卒業)。

定時制高校なので必ずしも学校に登校する必要はありませんが、2人は自らの競技スケジュールに合わせて月に1度程度鴨居学習センターに登校して勉学に励みました。

同級生は、岡選手、鍵山選手、スノーボードの吉沢光璃選手のたった3人だけ。3人とも当時高校生ながら既にトップアスリートだったため、それぞれの練習や大会のスケジュールがあり、一緒に遊びに行くといった高校生らしいことはほとんどなかったようです。というのも、卒業間際に開催された2022年北京五輪時において銀メダルを獲得した鍵山選手を紹介するインタビューにおいて、岡選手は以下のように語っています。

「まずはオリンピックのメダルのお祝いをしたいですね。学校で会う日も、優真は放課後に練習があったりして、一緒にごはんに行ったことがないので、次に会ったらおいしいものを食べに行きたいです。何を食べるかは、まだ考え中です(笑)」

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ちなみにですが、高校の卒業式の後に同級生集まってごはんに行っている様子が以前Instagramに投稿されていました。私たちはアスリートとしての側面しか見れないため、高校生らしい姿を見れるとほっとします。

こうして、体操フィギュアスケートという全く異なるスポーツにおける2人の未来のオリンピアンが出会い、同じクラスで学び、互いに励まし合いながら高校生活を送りました。

プロフィール

岡慎之助

岡山県岡山市出身。4歳から体操を始めると早くから才覚を示し、中学3年時に全国中学校体操競技選手権大会において、個人総合と鉄棒で優勝を果たしました。中学卒業後は一時地元の関西高等学校に進学したものの1ヶ月で退学。競技に専念するために星槎国際高等学校に転校し、体操の実業団クラブである徳洲会体操クラブに入部しました。高校生ながら、社会人チームで練習を重ねるという異例なキャリアを歩みました。

2019年世界ジュニア選手権では団体総合と個人総合で金メダルを獲得したものの、成長痛の影響もあり高校時代は苦しい時期も多かったようです。それでも、2020年・2021年のインターハイでは個人総合で3位と実力があるところは示しました。

2022年3月に星槎国際高等学校を卒業すると、系列校である星槎大学に進学。練習は高校時代から引き続き徳洲会体操クラブで行っています。2022年全日本選手権では予選3位で通過し、完全復活の狼煙を上げましたが、決勝の跳馬で着地に失敗して右膝の前十字靭帯を断裂全治8か月の大けがを負いました。しかし、足の大怪我で跳躍系の練習ができない間に苦手だったつり輪を強化することでオールラウンダーとして復活を果たしました。パリ五輪代表を争う2024年全日本選手権では、東京五輪個人総合金メダリストである橋本大輝選手に次ぐ準優勝になると、同年NHK杯では初優勝を果たし2024年パリ五輪代表を勝ち取りました。

鍵山優真

神奈川県横浜市出身。岡選手とは異なり、幼少期はさほど目立つ選手ではありませんでしたが、中学3年時一気に飛躍し、2018年全日本選手権ではジュニアながら6位入賞。2019年に星槎国際高等学校に入学後はさらにその勢いは加速し、2019年全日本ジュニア選手権優勝、同年全日本選手権3位、2020年ユース五輪優勝、同年四大陸選手権3位、同年世界ジュニア選手権準優勝と世界のトップスケーターへと駆け上がりました。

2020~21シーズンにジュニアからシニアに転向してもその勢いは衰えず、2021年世界選手権ではネイサン・チェン選手に次ぐ準優勝に輝きました。当時、自らのメダルが獲得した際のリアクションは多くのスケートファンを笑顔にするものでした。星槎国際高等学校の卒業間際に開催された2022年北京五輪では銀メダル、続く世界選手権でも銀メダルを獲得する等、鍵山選手の高校時代は猛烈な速度で世界のトップに駆け上がる過程だったと言えるでしょう。

星槎国際高等学校卒業後は中京大学に進学し、拠点を横浜から名古屋に移しました。2022年北京五輪でメダル争いをしたネイサン・チェン選手、羽生結弦選手が現役の選手生活から距離を置いたため、世界のトップに躍り出るかと思われましたが、左足首の怪我により戦線を長期離脱することになりました。2022~23シーズンは強行出場した1戦のみの大会出場にとどまりました。

しかし、怪我でジャンプが跳べない間に表現面のレベルアップを図り、競技復帰を果たした2023~24シーズンは2023年グランプリファイナル3位、同年全日本選手権で準優勝、2024年四大陸選手権で初優勝、同年世界選手権では3回目の準優勝を果たしました。

高校時代のエピソード

一緒に考えたサイン

高校入学時、鍵山選手はすでに自身のサインを持っていましたが、岡選手にはまだサインがありませんでした。ある日、学校の黒板を使って、2人で岡選手のサインを考えました。鍵山選手がアドバイスしながら、一緒に岡選手のサインを作っていったのです(リンク)。こうした経緯を鑑みれば、岡選手のサイン2人の友情の証ともいえるかもしれません。

2人の共通点

大怪我と復活

高校卒業後ではありますが、岡選手、鍵山選手ともに大怪我を経て、進化して復活したという共通点があります。

岡選手は、2022年4月全日本選手権の跳馬で着地に失敗して右膝の前十字靭帯を断裂全治8か月であり、選手生命に影響がある大怪我でした。しかし、リハビリ期は読書に時間を割き自らの人間力を高め、練習復帰後は怪我をした足への影響から跳躍系の練習ができない時期に、苦手だったつり輪を強化しました。結果として、どの種目でも点数を重ねることが出来るオールラウンダーとして復活を果たしました。

鍵山選手は、2022年7月に左足首の怪我が発覚し、出場予定だった同年10月ジャパンオープン、グランプリシリーズ2戦を欠場。同年12月の全日本選手権には十分な練習ができていないまま強行出場しましたが、結果は8位。以降は足の回復に専念しました。しかし、鍵山選手は怪我で練習ができない間に自らの食事、生活を見直し怪我しない身体づくりに努め、ジャンプが跳べない間はイタリアの至宝カロリーナ・コストナーの指導により演技の芸術性を磨きました。元々高い芸術性が注目されていた選手ですが、復帰後はさらに芸術性が磨かれました。

岡選手と鍵山選手、2人とも2022年に大怪我の影響で長期間戦線離脱を経験しましたが、その期間中に自らの弱点や、元々の強みをさらに強化して復活して帰ってきたという共通点があります。

初オリンピックでの輝き

2024年7月27日に岡選手はパリ五輪の予選でオリンピックデビューを果たしました。

演技中のゾーンに入ったような集中力の高さ、そして演技前後に見せるオリンピックの舞台を本当に楽しんでいるような笑顔がとても印象的でした。スーパーマリオで言うところのスターを取って無双状態に入ったかのような演技は、予選で個人総合2位通過となりました。

岡選手の演技を観て、2022年北京五輪の鍵山選手の演技を思い出した方も多かったのではないでしょうか。オリンピックが楽しくてしょうがない様子、楽しんでいるからこその圧倒的な演技。オリンピックでの演技も2人の様子が重なって見えました。

余談ですが、鍵山選手もショートプログラム2位通過でした。岡選手にはできれば金メダルを取ってほしいですが、北京五輪の鍵山選手と同じようにこのまま最後まで楽しみながら演技を続ければきっと届くものと信じています。

まとめ

高校時代の同級生として出会った岡慎之助鍵山優真。彼らは異なるスポーツで活躍しながらも、互いに刺激し合い、励まし合ってきました。これからもお互いを支え合いながら、それぞれの道を突き進んでいくことでしょう。彼らの友情と努力は、多くの人々にとってインスピレーションとなり、スポーツを通じた人間関係の素晴らしさを改めて教えてくれます。2人ともに既にオリンピアンになりました。きっと2人ともオリンピックの金メダリストになってくれるものと信じています。

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この記事を書いた人

ただのフィギュアスケートファン。フィギュアスケート現地観戦し始めて10年前後。現在も日本国内の大会・アイスショーに出没しています。
このブログでは現地観戦の感想、日々感じたことをのんびり書いています。

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