ロシア フィギュアスケートの現在地~男子シングル~

2022年北京オリンピックが閉幕して以降、国際スケート連盟(ISU)はロシアおよびベラルーシ選手の国際大会出場を見送ってきました。しかしながら、2026年ミラノオリンピックの予選会において、ロシアとベラルーシ(中立選手としての参加など諸条件はあるものの)の出場が認められる見込みとなり、再びが国際舞台に姿を現す可能性が高くなっています。

その一方で、ロシアやベラルーシ勢が国際大会に不在だったこの数シーズンの間、多くのメディアはロシア国内の試合や動向を追わず、断片的な報道や質の低い記事が散見されるようになりました。

本動向を踏まえ、世界選手権以上にロシア選手権がレベルが高いと呼ばれていたロシアの女子シングルの有力選手を以下記事でご紹介いたしました。

本記事では、女子シングルに続き、2026年ミラノオリンピック予選を見据えたロシア男子シングルの最新状況有力選手たちのプロフィール・実力・演技の特徴を紹介し、さらに今後の展望を読み解いていきます。

はじめにお伝えしておくと、現在のロシア男子は過去一の層の厚さ、レベルの高さとなっています。おそらく、一国一時代にここまで有力選手が集まったことは過去なかったのではないかーそんなレベルです。それでは、ロシア男子の世界を見ていきましょう。

目次

近年の流れ

国内大会の充実

国際大会に出場が認められていないため、国内大会の充実が図られています。具体的には、ロシアグランプリシリーズ、ロシアグランプリファイナル、ジャンプトーナメント大会等の大会が開催されています。

ロシアグランプリシリーズはISUグランプリシリーズと同時期に開催されており、ロシアチャンピオンを決定するロシア選手権の予選会となっています。

新世代の台頭とベテラン勢の去就

女子シングルとは異なり、北京オリンピックを目指した世代のほとんどが現役続行し、充実の時を迎えています。一方で新世代の台頭も見られます。若手が勢いを増しつつも、かつての国際大会代表選手であるベテランが「国際大会復帰」に備えてモチベーションを保つ状況が続いているのです。

2022年北京オリンピック代表であるマルク・コンドラチュク、エフゲニー・セメネンコ、アンドレイ・モザリョフ、2018年平昌オリンピック代表であるドミトリー・アリエフは現役を続行。浮き沈みはあるものの、全員がロシアトップクラスの実力を維持しています。

一方で、2018年平昌オリンピック代表で、2022年北京オリンピックはコロナ感染で無念の欠場となったミハイル・コリヤダは2022~2023シーズンに競技休養を発表。以降は競技会に出場していません。

そのほか、2019年ヨーロッパ選手権銀メダリストであるアレクサンドル・サマリンは、2023~2024シーズンを最後に現役引退を発表しています。

しかし、この2名の現役引退・休養以外はほぼ全員の有力選手が現役を続行しており、超戦国時代と化しています。ISUグランプリシリーズで表彰台ラインとなることが多い260~270点以上のスコアを出せる選手が、両手で数えられないくらい存在しているのが今のロシア男子の層の厚さです。

ここからは、2026年ミラノオリンピックに向けて特に注目すべき有力選手たちについて、詳しく紹介していきます。

有力選手紹介

ウラジスラフ・ジキジ

史上2人目の4回転アクセルジャンパー候補

ウラジスラフ・ジキジは、イリヤ・マリニンに次いで史上2人目となる4回転アクセル(4A)成功の可能性を秘めた、ロシア期待の男子フィギュアスケーターです。練習では4回転アクセルを成功させており、SNS上で彼の4回転アクセルを確認することが出来ます。

マリニンほどの質ではないものの、4回転半の回転は回りきって着氷しています。おそらく、今後いずれかの大会で4回転アクセルに挑戦するものと思われます。

そのほか、ルッツ、フリップ、サルコーの3種類の4回転ジャンプを組み込んでいます。2024~2025シーズンは、ショートプログラムではルッツ、サルコーを、フリースケーティングではルッツ・フリップ、サルコー2本をプログラムに組み込む高難度構成で2024年ロシア選手権を制しました。現ロシアチャンピオンです。

“癖のない”ジャンプとスケーティング

ジキジの演技は「とにかくクセがない」というのが大きな特徴です。

助走が長すぎるわけでもなく、自然な姿勢のまま踏切に入り、着氷後も流れがスムーズ。プログラム構成の“つなぎ”も悪くなく、プログラム構成要素のバランスが非常に優れています。

もちろんこの点においては、世界的に見ると鍵山優真がピカイチで抜けているところがありますが、「イリヤ・マリニンと鍵山優真を足して、マリニン7:鍵山3にしたような選手」と表現するのが妥当でしょう。

現在のロシア勢を除く男子シングルの情勢は、イリヤ・マリニン、鍵山優真、アダム・シャオ・イム・ファ3強を形成していますが、もしジキジが2026年ミラノオリンピックに中立選手として出場できるとなれば、彼らと並ぶ4強となるでしょう。それだけの逸材です。

エフゲニー・セメネンコ

  • 生年月日:2003年7月26日(21歳)
  • コーチ:アレクセイ・ミーシン、タチアナ・ミーシナ
  • 主な実績:2022~2023年ロシア選手権優勝(2連覇)、2022年北京オリンピック8位

絶対に外さない男

エフゲニー・セメネンコの強さを一言で表現するのであれば、“絶対に外さない男”ジャンプで「転倒せずに堪えきる」強さが際立った選手です。もちろんジャンプが完全にクリーンというわけではありませんが、回転がギリギリになっても体幹の強さで堪えてしまうため、失点を最小限に抑えられます。

セメネンコは、2021年世界選手権で8位2022年北京オリンピックでも同じく8位入賞を果たしました。その後、国際大会出場は困難な情勢になりましたが、その後も充実したシーズンを過ごしています。国内では依然としてトップクラスの安定感を誇り、2022~2023年ロシア選手権で2連覇2024年ロシア選手権では連覇こそ逃したものの3位表彰台を守る活躍を見せています。

4回転の種類については、トーループ、サルコーに加えてフリップを習得。目立った弱点もなく、「総合力の高さ」で勝負するタイプと言えるでしょう。

K-POPアイドル“TOMORROW X TOGETHER”の大ファン

セメネンコはK-POPアイドルグループ“TOMORROW X TOGETHER”の大ファンとして知られています。“TOMORROW X TOGETHER”の楽曲を自身のプログラムに使用することもあるほど。同グループのファンの方はぜひ注目していただきたいです。

マルク・コンドラチュク

  • 生年月日:2003年9月3日(21歳)
  • コーチ:スヴェトラーナ・ソコロフスカヤ
  • 主な実績:2022年北京オリンピック代表、2022年ヨーロッパ選手権優勝、2024年ロシアグランプリ第1戦優勝

北京五輪後の低迷と2024~2025シーズンの“覚醒”

マルク・コンドラチュクは非常に珍しい経歴の持ち主です。ジュニア時代もシニア参戦初期も、グランプリシリーズ(シニア・ジュニア共に)への出場がない状態からスタートし、2020年のロシア選手権でいきなり銅メダルを獲得したことで脚光を浴びました。その後、2021年ロシア選手権優勝2022年ヨーロッパ選手権優勝を成し遂げ、北京オリンピック代表に抜擢され一躍“シンデレラボーイ”となりました。

一方で、北京オリンピック以降は苦しいシーズンを過ごすことになります。2022年ロシア選手権でショートプログラム終了後に棄権。2023~2024シーズンもほとんど試合への出場がなく、2023年ロシア選手権は10位と目立った成績を残せていませんでした。

しかし、2024~2025シーズンにいきなり覚醒した姿を披露してくれました。ロシア代表選手の新しいプログラムを披露する場であるテストスケートにおいて、フリースケーティングで4回転5本を組み込んだプログラムを披露。元々得意だった4回転サルコーに加え、ルッツ、フリップ、トーループの4回転ジャンプを成功させ、“完全復活どころか覚醒”といえる演技を披露して関係者を驚かせました。

2024年ロシア選手権ではショートプログラム首位発進だったにもかかわらず、フリーでミスを連発して総合5位に落ちましたが、能力の高さを改めて証明したことで今後の大躍進が期待されます。

謎プロの貴公子

コンドラチュクのことを、私は勝手に「謎プロの貴公子」と呼んでいます。独創的あるいは奇抜に近いプログラム選曲・振付を度々披露してきました。2024~2025シーズンのフリースケーティングプログラムも「謎プログラム」のように感じますが、見ていると意外と味があります。ちなみに、このプログラムの楽曲は2023年ヨーロッパ選手権女王であるアナスタシア・グバノワが演じたことでも知られている”Nagada Sang Dhol”です。

余談ですが、かつては女子シングルのレジェンドであるアレクサンドラ・トゥルソワ現イグナトワ)と交際していたことでも知られています。

ピョートル・グメンニク

ノービス時代からの“神童”

ピョートル・グメンニク全ロシアノービス選手権で4連覇(ノービスA2連覇、ノービスB2連覇)を果たした“神童”として知られています。ノービス時代ほど圧倒的ではないものの、2020年世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得。シニア転向後も力をつけて2022年・2023年ロシア選手権では2年連続でメダルを獲得しています。

とくに、2022年ロシア選手権では、優勝したエフゲニー・セメネンコと総合得点が同点でした。しかし、その場合はフリースケーティングの点数が上の選手が上位となるため、セメネンコが優勝・グメンニクが準優勝となりました。ただ、総合得点が同点ということで、ロシアチャンピオンになるだけの実力は十分兼ね備えていると言って良いでしょう。

グメンニクはエッジ系のジャンプを得意としており、ループ、サルコーの4回転ジャンプを組み込んでいます。また、現在の男子シングルでは、ジュンファン・チャや鍵山優真等しかプログラムに組み込んでいない、セカンドジャンプに3回転ループをつけることが出来る選手でもあります。

ただし、回転がギリギリになる傾向があるのが彼の弱点でもあります。クォーター判定をロシア国内大会でも頻繁に受けてしまう課題があり、国際大会ではより厳しいジャッジになるため、そこを克服できるかが大きなポイントとなるでしょう。

マカール・イグナトフ

  • 生年月日:2000年6月21日(24歳)
  • コーチ:エフゲニー・プルシェンコ
  • 主な実績:2020年ロシア選手権準優勝

4回転ループが得意な“ルーパー”

マカール・イグナトフは4回転ループを得意としています。4回転ルッツや4回転フリップとはまた異なるタイミング・踏切が必要なループジャンプは難易度が高いです。その他、サルコー、トーループの4回転ジャンプを構成に組み込んでいます。

一方で、イグナトフは「後半の体力切れには定評がある」とファンの間で半ばネタのように語られています。序盤は良いものの、演技の終盤にスタミナが切れてしまい、スケートは滑れておらずミスが目立つことがあるのです。4回転ループを含む高難度構成をやりきるには相当なフィジカルが要求されるため、ここをどう改善していくかが課題といえます。

アレクサンドラ・トゥルソワ(現イグナトワ)の夫

イグナトフは2024年に女子シングルの北京五輪銀メダリストであるアレクサンドラ・トゥルソワと結婚し、名字が同じ“イグナトフ”“イグナトワ”になったことで大きな話題を呼びました。

ロシア代表チームには長らく籍を置いているものの、ロシア選手権で表彰台を狙うためにはあと一歩が届かない状態が続いているだけに、後半のスタミナとジャンプ精度の向上がカギとなるでしょう。

ダニイル・サムソノフ

  • 生年月日:2005年7月13日(19歳)
  • コーチ:エテリ・トゥトベリーゼ、ダニイル・グレイヘンガウス、セルゲイ・ドゥダコフ
  • 主な実績:2019~2020年ロシアジュニア選手権優勝(2連覇)、2023年ロシア選手権5位

“帰ってきた神童スケーター”

ダニイル・サムソノフはノービス・ジュニア時代から“天才”と呼ばれ、2019・2020年とロシアジュニア選手権を2連覇。特に2019年はまだノービス年齢にもかかわらずジュニア選手権を制覇するという圧倒的な才能を見せました。

ジュニア時代も国際大会で鍵山優真らと拮抗する戦いを繰り広げ、当時は“未来の世界王者候補”として大いに期待されました。

オスグッド・シュラッター病による長期離脱と復活

しかし、北京オリンピック前後のタイミングでオスグッド・シュラッター病による膝の痛みを発症。長期間の競技離脱を余儀なくされます。この間に体格が大きく変化したこともあってか、かつてのような4回転ルッツや4回転フリップを投入できていません。

しかし、2023~2024シーズンに本格復帰を果たし、ロシア選手権でも上位に食い込む結果を見せ始めています。2023年ロシア選手権では5位、2024年には7位に入りました。4回転サルコーと4回転トーループを武器に復帰後の感覚を取り戻している途中ですが、かつての“オールラウンダー”と言える芸術性やスケーティングセンスは衰えておらず、今後の伸びしろが期待される選手といえるでしょう。

ドミトリー・アリエフ

  • 生年月日:1999年6月1日(25歳)
  • コーチ:エフゲニー・ルカヴィツィン
  • 主な実績:2018年平昌オリンピック7位、2020年ヨーロッパ選手権優勝

大ベテラン未だ健在

ドミトリー・アリエフ2018年平昌オリンピックに出場した経験を持ち、25歳となった今でもロシア国内トップクラスの実力を保つ“ベテラン”選手です。若手が次々と頭角を現すロシア男子シングルのなかで、長年ロシアの代表チームに名を連ねてきました。

世界の舞台での実績としては、平昌五輪7位入賞に加え、2020年ヨーロッパ選手権の金メダルなど輝かしい成績があります。近年は若手の台頭を受けてロシア選手権でも表彰台から遠ざかっているものの、2022・2023年ロシア選手権では共に4位とロシアトップに食らいついています。

スケーティングの美しさはロシア屈指

アリエフは4回転ルッツを武器にしていた時期もありましたが、現在では4回転サルコー4回転トーループを中心に戦っています。それでもなお評価されるのは、その美しいスケーティングスキルと芸術性。「世界的に見てもトップクラス」と言っても良いスケーティングスキルでリンクを滑る姿に惹きつけられる観客も多いです。

若手が台頭するなか、ベテランとして粘り強く国内で上位をキープし続けるアリエフの存在は、ロシア男子チームにとって非常に貴重と言えるでしょう。

ニコライ・ウゴジャエフ

眠れる獅子

ニコライ・ウゴジャエフはこれから間違いなくロシアのトップに駆け上がるであろうスケーター。

2024~2025シーズンからシニア転向。2024年ロシア選手権こそ14位と振るわなかったものの、ロシアグランプリ第3戦では優勝、同じくパニン記念でも優勝。とくに、パニン記念では総合得点300点オーバーでの優勝でした。

彼の大きな武器はやはりジャンプ。ルッツ、フリップ、トーループの4回転ジャンプをプログラムに組み込んでいます。とくに、4回転フリップを得意としているのが非常に大きいです。フリースケーティングでは4回転フリップを2回組み込み、大きな得点源となっています。

ジャンプ以外はまだまだ印象が薄い印象がありますが、スケーティングは美しく、まだ18歳ということを考えれば今後の伸びしろは十分でしょう。これから非常に恐ろしいスケーターと言えます。

今後の展望

1枠争いの行方

2026年ミラノオリンピック予選会では、ロシアとベラルーシに与えられる枠は各種目1枠のみという厳しい条件があります。その上、中立選手としての出場、過去にウクライナ侵攻に賛意を示していないこと等が求められます。

一方で、過去の所属クラブ等も含めて、どの範囲がこうした規定に抵触するのかは明らかになっていません。同様の条件で参加が認められた2024年パリオリンピックでは、代表として選出した選手がオリンピック参加を認められなかった事例もあり、代表として選出された選手が問題なくミラノオリンピックに出場できるのかどうかは疑問が残るところです。とはいえ、建前上は参加が認められることになったため、注目を集めるのは「誰がその1枠を獲得するのか」という点でしょう。

現ロシアチャンピオンであるウラジスラフ・ジキジ、安定感と実績では抜けているエフゲニー・セメネンコ、満を持して覚醒しつつあるマルク・コンドラチュクなど、誰が一枠を勝ち取ることになるのか予測がつきません。

女子に比べればまだ“優勝候補大本命”という状況にはならないとは思いますが、メダル争いには間違いなく影響を与えるでしょう。

まとめ

ロシア男子シングルは、2022年北京オリンピック後の国際大会出場停止期間を経てもなお、その強さと多彩さを保持し、むしろ独自の進化を遂げてきました。

選手層の厚さは世界屈指であり、有力選手がバラバラに出場するロシアグランプリシリーズでさえ、ISUグランプリシリーズに負けずとも劣らないレベルの高い戦いが繰り広げられています。ウラジスラフ・ジキジという4回転アクセルの可能性を秘めた新星が台頭するなど、ますます目が離せない状況です。

今回紹介した選手以外にも、2024年ロシア選手権銀メダリストであるグレブ・ルトフリン、同8位のイワン・ポポフ2020年世界ジュニア選手権で鍵山優真・佐藤駿のゆましゅんペアを抑えて優勝したアンドレイ・モザリョフ、4回転ルッツと3回転ルッツ+3回転ループを武器にしているマトベイ・ベトルギンら有力選手がひしめいています。

もし2026年ミラノオリンピックにロシア選手が実際に出場できることになれば、それだけで国際大会の勢力図が大きく変化することは確実です。羽生結弦、宇野昌磨の現役引退、ネイサン・チェンの休養(事実上の現役引退)を経て、新時代を迎えている勢力図がさらに変化するでしょう。

以上、ロシアのフィギュアスケート男子シングル界現在地を総合的にご紹介しました。国を問わず、全選手の活躍をこれからも応援したいところです。

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この記事を書いた人

ただのフィギュアスケートファン。フィギュアスケート現地観戦し始めて10年前後。現在も日本国内の大会・アイスショーに出没しています。
このブログでは現地観戦の感想、日々感じたことをのんびり書いています。

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