日本のペアが五輪の頂点に立った夜のこと~りくりゅう金メダルは高橋成美から始まっていた~


2026年2月17日の朝、ショートプログラム5位・首位との差6.90点という状況からのフリースケーティング。

三浦璃来・木原龍一組(りくりゅう)が叩き出した158.13点という数字が出た瞬間、私だけでなく多くの観客・ファン・関係者が驚いたと思います。フリースケーティングの世界歴代最高記録を更新
しかも、この世界歴代最高記録は今大会出場できなかったペア強豪ロシア勢が持つフリースケーティングの記録を全て越えたという意味でも非常に価値があります。

合計は231.24点日本ペア史上初のオリンピック金メダル。

ただ、この金メダルは突然生まれたものではありません。10年以上かけて積み上げられた結果であることを、今日は振り返っておきたいと思います。


目次

日本ペアのパイオニア”高橋成美”

かつて日本のペアが世界で優勝・メダル争いをすることはほぼありませんでした。

男女シングルでは、継続して世界のトップクラスの選手が台頭している一方で、ペアは長らく世界のトップクラスに日本が出てきませんでした。「日本のペアが世界で勝負する」ということが、多くのファンにとって想像できなかったんです。

その状況を最初に変えたのが高橋成美さんです。

ミラノオリンピックではペアの解説を担当していましたね。
裏表がない素直な感想で解説していて、「面白い解説の人」という認識の方も多いかもしれません。
「こんな演技、宇宙一です」「すごい、すごい、すごい!……」と解説していました。あまり普段のフィギュアスケートの解説では聞かないような言葉のオンパレードですね。

ただ、この人を単なる面白い人とみなしてはいけません(もちろん、それも彼女の要素の一つではありますが)。
日本ペアのレジェンドであり、パイオニアです。

彼女の史上初を振り返ってみると、すごさがわかります。

  • 世界選手権日本ペア史上初のメダル
  • グランプリファイナル日本ペア史上初進出
  • ジュニアグランプリファイナル日本ペア史上初の優勝

とくに、2012年世界選手権を語らないわけにはいきません。マーヴィン・トランさんとのペアで銅メダルを獲得日本のペアが世界選手権の表彰台に立つというとてつもない結果を叩き出しました。

そもそも、日本のペアは競技者がほとんどいませんでした。そのため、出場者がおらず全日本選手権の開催がなかったり、出場者がいたとしても1組だけといった時代が非常に長かったわけですね。そんな中、突如世界でメダルを取る選手が現れた。それが、高橋成美・マーヴィン・トラン組、略して高トラでした。

世界選手権で銅メダル獲得が決まったとき、キスアンドクライから飛び出しそうになっていた高橋成美さんが印象的(衝撃的?)でした。


高橋成美が木原龍一をペアの世界へ連れてきた

しかし、世界の銅メダリストになった高トラほどなくしてペア解消することになります。

高橋成美さんの怪我の影響があったとのこと。今思えば、ここは歴史の転換点の一つでしたね。

高橋成美さんの新しいパートナーとして白羽の矢が立ったのが、当時男子シングルで活躍していた木原龍一さんでした。

ちょうどソチオリンピックからフィギュアスケート団体戦が新設されるタイミングで、日本スケート連盟としても新しいペアの結成・育成が課題となっていた時期です。日本の男子シングル選手としては身長が高く体格に恵まれていた木原さんは、高橋さんと連盟の両方からペアの世界に誘われたわけですね。
オリンピック団体戦が始まり、団体戦でもメダル獲得を目指すにはペア育成が必要だ!となっていたのも何かの縁でしょうか…。

こうして誕生した高橋成美・木原龍一組(成龍)ソチオリンピックの団体戦・個人戦の出場枠を獲得。木原龍一さん最初のオリンピックであるソチオリンピックは、高橋成美さんとの「成龍組」として迎えることになりました。

後のオリンピック金メダリスト木原龍一さんをペアの世界に引き込んだのは、高橋成美さんだったわけです。いわばペアスケーター木原龍一の生みの親ですね。


高橋成美・木原龍一組の解消

成龍はその後、2014~2015シーズンを最後にペア解消。
2人は別のスケーターとペアを結成して、日本のペアを盛り上げ続けました。

しかし、高橋成美さんは2017~2018シーズンを最後に現役引退。

木原龍一さんは高橋成美さんとのペア解消後、須崎海羽さんとペアを結成。平昌オリンピックにも出場しましたが、こちらも2019年4月にペア解消を発表。

木原龍一さんは、この頃はもう引退しようかと思っていたと語っています。

ペアとして6シーズン戦い、全日本選手権では優勝できたとしても、世界選手権やオリンピックではショートプログラムを通過してフリースケーティングの演技をすることは一度もありませんでした。しかも、木原龍一さんは当時26歳。フィギュアスケーターとしては決して若い年齢ではありません。(かつて、15歳で「私はもう若くない」と発言した選手がいたのは昔の話)。引退を考えるのは、当然だったかもしれません。


三浦璃来との出会い

転機となったのは2019年の夏です。

前のパートナーとのペアを解消し、新しいペアを探していた三浦璃来さんが、引退も視野に入れていた木原さんに自ら声をかけました。実際に2人で滑ってみると、「最初に滑った瞬間から、『絶対にうまくいく』と確信しました」と後に語っています。確かに、当時の映像を見てみると、初めて一緒に滑ったとは思えないくらいツイストリフトで三浦さんの体が宙に浮かんでいました。

これが後のオリンピック金メダリスト「りくりゅう」の誕生です。


「7年間の信頼」が生んだ逆転

ショートプログラム終了後、木原さんは「もう全部終わっちゃったな、という絶望があった」と後に語っています。翌日のフリー当日朝も涙が止まらない状態だったとのこと。

そんな状況の木原さんを三浦さんが励まし続けました。

普段は木原さんが三浦さんを引っ張る立場でしたが、あの日だけは逆転しましたね。
三浦さんが木原さんを引っ張り、オリンピックの金メダルまで連れていきました。

結果はご存知の通り、世界歴代最高得点158.13点、6.90点差をひっくり返す大逆転の金メダルでした。


日本ペアの繋がれるバトン

りくりゅうの演技を解説していた高橋成美さんが、りくりゅうの金メダル確定後のインタビューで木原さんと言葉を交わす場面がありました。

そこで木原さんが高橋さんに語りかけた言葉が、非常に印象的でした。

成ちゃん、本当にありがとう。ペアの世界に誘ってくれて。

成ちゃんがいたから、次世代がみんな出てきて。

成ちゃんがいたから、俺たちが…獲れたから。

繋いでくれて、ありがとう。

りくりゅうの日本ペア初のオリンピック金メダルは、高橋成美から始まっていたんですね。

多くのスケートファンは解説する高橋成美に対してこう思ったでしょう。

「全部、お前が始めた物語だ」と。

自分が引き出すことができなかったかつてのパートナー木原さんの魅力を最大限引き出しているりくりゅうへの嫉妬の気持ちがかつてあったことを認めつつ、本当に純粋にりくりゅうを応援している。自らの実績やパイオニアっぷりをひけらかさないところも高橋さんらしいです。

そして、「ゆなすみ」こと長岡柚奈・森口澄士組が今大会で同じ舞台に立ちました。今回は最下位でフリースケーティングに進出できないという悔しい結果でしたが、既に四大陸選手権で銅メダルを獲得している実力者。実は、日本のペアが2組オリンピックで演技するということも史上初です。りくりゅうを目標にした世代がすでにオリンピックの舞台に立っています。

こうして、またバトンはつながっていくんですね。

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この記事を書いた人

ただのフィギュアスケートファン。フィギュアスケート現地観戦し始めて10年前後。現在も日本国内の大会・アイスショーに出没しています。
このブログでは現地観戦の感想、日々感じたことをのんびり書いています。

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