【書評】久保(川合)南海子(2022)「『推し』の科学」

目次

本の概要

概要

タイトル・著者

タイトル:「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か

著者:久保(川合) 南海子

著者の久保(川合)氏は、愛知淑徳大学 心理学部 教授、心理学や認知科学を専門としている研究者です。

この本を読むことにした経緯としては、フィギュアスケート同人誌「氷面鏡」(×こおりめんかがみち×ひょうめんきょう〇ひもかがみ)において、「推し」について考えて書いてみよう!と思い、そのための材料として手に取りました。私にも「推し」と呼べる存在(スケーター、それ以外)がいるので、それらを科学的に説明してくれるのであれば面白いなと思っていました。

何について書かれているのか?

同氏は、「推し」を「その対象をただ受け身的に愛好する」だけではなく、「能動的になにか行動してしまう対象」こそが「推し」であると定義します。ファンとして応援する対象は「その対象をただ受け身的に愛好する」だけであり、それに加えて「能動的になにか行動してしまう対象」であるかどうかが「推し」かどうかの違いだとしています。

そして「推し」に対して「能動的に」行動する現象に対して、「プロジェクション」という枠組みで説明します。

私たちを取り巻く物理世界から情報を受け取り、頭の中で処理を行った上でイメージを構成します。そして、そのイメージを物理世界の特定の人や事物に対して投射します。この一連のプロセスを同氏は「プロジェクション」と述べています。

つまり、私たちの目に映る世界に対して、私たち自身がどのように意味づけていくのかが「プロジェクション」ということでしょう。同氏は「プロジェクション」の例として江戸時代に隠れキリシタンを見つけるために行われた「踏絵」(章枝ではない)をあげています。キリスト教徒にとっては、キリストは信仰の対象であり、キリストが描かれた板を踏むことが出来ません。しかし、キリスト教徒以外であれば、ただの板なので踏むことにためらいがありません。同じ物体であっても、人によって意味付けが異なる=プロジェクションが異なるということになります。

本書では、この「プロジェクション」という枠組みによって、二次創作、コスプレ、ぬい撮りといった「推し活」について説明しています。

講評

何が面白いのか

何と言っても、自らが何気なく行っている「推し活」が「プロジェクション」という枠組みで科学的に説明されていくのがすごく面白いです。

例えば、鍵山優真選手、佐藤駿選手、三浦佳生選手の3人、いわゆる「卍ボーイズ」を「推し」として認識している人は、フィギュアスケート観戦時にポケモンのホゲータを身に着けていることが多いです。これは、2022年全日本選手権において、ショートプログラム出遅れた三浦選手を励ますため、フリースケーティングの前日に卍ボーイズの3人がお揃いでホゲータのキーホルダーを購入したことが由来です。

私は、このエビソードを聞くまでは、ホゲータにとくに特別な感情は有していませんでした。しかし、このエピソードを聞いてからは、ホゲータを卍ボーイズの象徴として特別な存在のように思えてしまいます。これは、私の中でホゲータに対する意味づけが変化したということでしょう。

2023年全日本選手権現地観戦時の筆者昼食の様子、これもプロジェクションの1つ(筆者撮影)

また、聖地巡礼という行動、選手の衣装に合わせたネイルを行う行動についても、「プロジェクション」という枠組みで説明ができるでしょう。私たちが行っている「推し活」は「プロジェクション」だったんだ!!と気づかされ、非常に面白かったです。

注意点

本書は「推し」を対象として、能動的に行動してしまう現象について説明しています。なぜ「推し」が好きなのか、なぜ「推し」を好きになってしまうのか、といったことは説明されていません。その点は注意が必要です。

そういった意味では、本書のタイトルは「推しの科学」ではなく「推し活の科学」の方が適切だったのではないかと思いました。

フィギュアスケートもプロジェクション?

本書の中で、漫画等の実写化における俳優の演技も「プロジェクション」であると述べられていました。

俳優は原作漫画におけるキャラクターという意味づけを自らに行うことで、原作漫画のキャラクターを表現しようとします。そして、それらの観客は、十分にその意味づけを理解するためには、原作漫画を十分に理解している必要があります。キャラクターという意味付けが、俳優自らの身体に投射され、観客によってもキャラクターという意味づけが俳優の身体に投射される。俳優・観客両者で「プロジェクション」を共有することになり、作品が成立すると述べています。

この記載を見ていて、フィギュアスケートもプロジェクションではないか?という考えが浮かびました。

スケーターによって演じられるプログラムにはそれぞれテーマがあります。それは、「強い女性」といった抽象的なテーマだったり、プログラム曲(例えば、白鳥の湖、シェヘラザード等)だったりします。スケーターは、プログラムのテーマを自らの身体に投射して演技を行っているのではないでしょうか。

フィギュアスケートにおけるプロジェクションが漫画等の実写化と大きく異なる点は、観客に必ずしもプログラムのテーマ理解が必要ではないということです。これは、プログラムを演じる際に使用される「音楽」の存在が大きいのではないかと思いました。「音楽」によって、観客はどのようなテーマで演じられているプログラムなのか、なんとなく察しがつくのではないでしょうか。例えば、優しい曲調の音楽であれば、演技を観ながら即座に優しい雰囲気をスケーターに投射して観戦しているのではないか。

つまり、観客は「音楽」のおかげで、事前にプログラムを理解していなかったとしても、演技を観ながら曲のイメージをスケーターに投射することが出来る。漫画等の実写化とフィギュアスケート両者ともにプロジェクションを使用しているものの、大きく異なる点はここだと思いました。

ただ、観客も事前にプログラムを理解しておいた方が、観客とスケーターのプロジェクションの共有を高めることは言うまでもありません。例えば、2023~24シーズンに大学4年生であり集大成のシーズンを迎えている青木祐奈選手のフリースケーティング「She」は、「私のスケート人生」がテーマとなっています。こうしたプログラムのテーマを事前に理解していた方が、観客はプログラムの解像度が上がって感じられます。

おわりに

本書は、私たちが行っている「推し活」を科学的に説明するという点が非常に面白かったです。

何より、著者の久保(川合)氏が、過去~現在に至るまで複数の「推し」を有しているということから、説明で用いられる事例も非常によく理解できるものでしたし、偉い先生が説明している!というよりは、頭が良いオタクが説明してくれているような印象を持ちました。そのため、楽しく最後まで読み進めることが出来ました。

私たちのように「推し」を持つ人にとっては、楽しんで読める本だと思いました。

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この記事を書いた人

ただのフィギュアスケートファン。フィギュアスケート現地観戦し始めて10年前後。現在も日本国内の大会・アイスショーに出没しています。
このブログでは現地観戦の感想、日々感じたことをのんびり書いています。

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