ドーピング陽性の発覚と北京五輪
ドーピング陽性の発覚
2021年12月末に開催されたロシア選手権でワリエワは初優勝を果たしました。しかし、同大会において実施されたドーピング検査において陽性反応。禁止物質と指定されていたトリメタジジンが検出されました。
ここまでであればただのドーピング陽性事件でしたが、この事件をより複雑にした要因が4つあります。
1点目は、彼女は当時シニアデビューし圧倒的な実力でオリンピックの優勝大本命視されていたこと。あまりの強さに他の選手が「勝ち目がない」と絶望するのではないか?との声から、日本のファンからは「絶望」と呼ばれることもありました。そのため、必然的に彼女のドーピング陽性反応は大きく注目を集めることになりました。
2点目は、本来であれば、ドーピング検査の検体を受け取ったあと20日以内に検査結果を返すことが求められていたにもかかわらず、ストックホルムの検査機関におけるワリエワの検体の検査が大幅に遅れてしまったこと。ワリエワの検体がストックホルムの検査機関に到着したのは2021年12月29日。しかし、最終的にワリエワのドーピング陽性反応の結果を報告したのは2022年2月8日でした。後述しますが、同検査機関では「不十分な品質管理」により数回検査をやり直しており、20日を大きく超過する時間を要してしまいました。
そして、この検査の遅れが最悪な結果をもたらすことになりました。なぜなら、既に北京オリンピックは開催されていたからです。2022年2月6日と7日にワリエワは団体戦女子ショートプログラム・フリースケーティングで演技を終えて、ロシアオリンピック委員会(ROC)の金メダルが確定していました。一方で、個人戦での競技も未だ残っている状況でした。検査結果の遅れにより、ドーピング陽性がオリンピック期間中の中でも最も最悪のタイミングに発生した。これが3点目の要因です。
最後に、当時のワリエワの年齢は15歳であり、16歳未満の保護対象者という立場であったこと。そのため、通常の成年選手とは異なる対応が必要でないかと議論が必要でした。
北京オリンピック当時の取り扱い
2021年末のロシア選手権におけるワリエワのドーピング陽性反応は、2022年北京オリンピックの団体戦終了直後、個人戦の競技前に発覚しました。
当時、ワリエワは一時的に資格停止処分を受けたものの、同処分が解除されて北京オリンピック個人戦への競技参加が認められました。その理由は大きく2点あります。1点目は、ワリエワは当時保護対象者であり、取り扱いにはより慎重になる必要があること。2点目に、ドーピング検査結果の遅れにより、個人戦までに本ドーピング陽性に関する調査を実施することが困難であるが、これはワリエワの問題ではないこと。
端的にまとめると、検査結果の遅れにより北京オリンピック個人戦までにワリエワの処遇を決定するための時間がない。そのため、一旦競技参加は認めたうえで、最終的な処遇は北京オリンピック後に時間を取って決めましょうということですね。
- ワリエワは15歳という「保護対象」者であること。
- 世界アンチ・ドーピング規程、ロシアアンチ・ドーピング機構のアンチ・ドーピング規定において、「保護対象」者に対する暫定的な出場停止処分が明確に規定されていないこと。
- この状況下で、オリンピックでの競技を妨げられることが、ワリエワにとって修復不可能な損害を与えること。
- 2021年12月ロシア選手権でのドーピング検査の結果通知が遅れたという深刻な問題があり、これはワリエワの過失ではないこと。
仲裁裁判の展開
何に対する仲裁裁判なのか?
そもそも今回の仲裁裁判は何に対する裁判なのかをおさえておきましょう。
北京オリンピック以降、ロシアアンチ・ドーピング機構(RUSADA)において、ワリエワのドーピング陽性に関する処遇について調査を行っていました。最終的に、2022年12月14日に実施された審理会を経て、ロシアアンチ・ドーピング機構の懲罰委員会(DADC)はワリエワの処遇を決定します。
その内容は、彼女のトリメタジジン摂取は意図した摂取でなく、彼女に過失も見当たらない。ドーピング陽性反応が出た2021年末のロシア選手権での成績は失格となるが、そのほかの競技会での成績は失格とせず、資格停止期間は適用しないということになりました。
この決定に対して、ロシアアンチ・ドーピング機構(RUSADA)、国際スケート連盟(ISU)、世界アンチドーピング機構(WADA)の三者が異議申し立てを行ったのが今回の仲裁裁判です。
カミラ・ワリエワの主張
CASの管轄権
今回、スポーツ仲裁裁判所(CAS)によって仲裁裁判が行われていますが、ワリエワはそもそもCASが本件の管轄権を有していないのではないかと主張します。その理由として、ロシアアンチドーピング機構の懲罰委員会(DADC)による決定に対して控訴された際のCASの仲裁について、ワリエワは同意書に署名しておらず、仲裁をするための同意が存在していないとしました。
アンチドーピング規則違反
ワリエワは、トリメタジジンが検出されたことに対して、意図的な摂取でなく、無過失・無責任であると主張しました。ワリエワは自らの検体からトリメタジジンが検出されたことについて、以下3つの起こりうる可能性を指摘しました。
- ①祖父を経由した摂取
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ワリエワの祖父ソロビヨフ氏は、2000年頃から心臓の問題を抱えており、虚血性心疾患と狭心症を患っています。過去に4回心臓発作を起こし、2回の手術を受けています。ソロビヨフ氏は2018年以降、これら心臓病の治療のためにトリメタジジンを摂取しています。ロシアでは、トリメタジジンは町中で販売されており、自由に購入することが出来ます。
カミラ・ワリエワの母アルス・ワリエワ氏は仕事をしていたため、祖父ソロビヨフ氏がカミラ・ワリエワとの接触が特に多かったと述べました。具体的には、自宅からリンクまでの送り迎え、一緒に食事をとることです。祖父が日常的に摂取しているトリメタジジンが、何らかの理由によりワリエワの体内に入ってしまった可能性があると述べました。
- ②汚染されたサプリメントの摂取
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彼女が日常的に摂取しているサプリメントに、トリメタジジンが混入してしまった可能性があると述べました。
- ③ロシア選手権の妨害による摂取
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ドーピング陽性反応が出たロシア選手権では、大会運営者の管理が不適切だったと指摘しました。本来は選手と観客等は分けられるべきところ、選手が入場し、ウォーミングアップし、食事をして、競技会に向けて準備をするための施設は、多くの関係ない者が自由に移動していたと指摘しました。つまり、外部の者による妨害的な意味での摂取の可能性があると述べました。
実際にワリエワの説明は、①祖父を経由した摂取が中心であり、②・③にかかる説明や証拠は提出されませんでした。そして、①に関する説明として彼女が述べたのが、祖父が作った苺のデザートを摂取したことによるトリメタジジンの意図的でない摂取です。
祖父はトリメタジジンの錠剤をまな板の上で包丁で砕くことがありました。祖父は目が悪く、まな板の上に残っていた微量のトリメタジジンに気が付かず、微量のトリメタジジンが残った状態のまな板の上で調理してしまったのではないかと説明します。そして、祖父は苺のデザートを調理してワリエワに渡し、彼女は苺のデザートをロシア選手権の会場まで持参。大会開催期間中に苺のデザートを食事の代わりに複数回に分けて食べていたので、結果としてトリメタジジンが検出されてしまったのではないかとのことです。
祖父はロシア選手権に帯同していないため、祖父を経由したトリメタジジンの摂取はロシア選手権前、もしくは苺のデザートによるロシア選手権期間中のいずれかによる摂取となります。彼女から検出されたトリメタジジンはロシア選手権前に摂取してしまったにしてはやや検出量が多い。しかし、「不正行為を行うアスリートの濃度よりもはるかに低」い量でした。そのため、トリメタジジンが誤って混入した苺のデザートを、ロシア選手権期間中に摂取したことによるドーピング陽性反応でないかと起こりうる可能性を説明したわけですね。
保護対象者としての地位
世界アンチ・ドーピング規則、ロシアアンチドーピング規則において、保護対象者は他の選手とは異なる取り扱いをすると述べられていると主張しました。
具体的には、第一に、選手の過失を評価する際に異なる取り扱いをする必要があるということ。
第二に、保護対象者は「重大な過失や怠慢がなかった」と立証するために、禁止物質が自らの体内に入った経路を立証する必要はないということ。その代わりに、パネルは、選手が自らの注意義務をどの程度遵守したかを評価するために、その違反の周囲の状況全体を考慮しなければならないということ。
第三に、保護対象者は、「適用される処罰について異なる扱いを受ける」べきです。ロシアアンチドーピング規則は、重大な過失や怠慢がないことを立証できる保護対象者によって行われたロシアアンチドーピング規則違反の場合、過失の程度に応じて資格停止処分の期間が2年の期間内になることを規定しています。
ここにおいて、ワリエワは常に「最大の注意義務」を遵守しており、もし彼女が「過失を犯した」と考えられるのだとしても、その過失は「無視できるもの」であり、最も公正で「適切な制裁」は期間を定めない戒告であると主張しました。
ロシア アンチドーピング機構(RUSADA)の主張
CASの管轄権
RUSADAは、ロシアのアンチ・ドーピング規則に基づいて、CASが本事件の管轄権を有していると主張しました。
アンチドーピング規則違反
RUSADAは、ワリエワの祖父を経由したトリメタジジンの摂取について、十分な証拠が欠けているとしました。そのため、祖父を経由したトリメタジジンの摂取説明は否定されるべきであると主張しています。
- 「祖父がトリメタジジンをどのように、いつ、どこで入手したか」ということについての証拠がない。
- 祖父が心臓発作、心臓手術、またはその他の心臓イベントを経験し、トリメタジジンの使用が必要とされたかどうかについての証拠がない。また、彼がいつトリメタジジンを服用し始めたか、または医師から処方されたかについての証拠がない。
- 祖父が誤って苺のデザートに錠剤を落としたり、まな板の上にトリメタジジンの残留物があった可能性があることを支持する証拠がない。
- 祖父のトリメタジジンの使用や彼女の食事の準備への関与について、追加で詳細を語る証言がない。
選手には、禁止物質が自らの体内に入った説明が本当に発生した確率が、発生しなかった確率を上回ることを説明する責任があります。
ワリエワは保護対象者であり、ロシアアンチ・ドーピング規則に基づくと禁止物質が体内に入った経路を説明する必要はない。しかし、それはアンチ・ドーピング規則違反を犯しても良いというフリーパスではなく、経路を説明しなくても良いというだけであり、禁止物質が自らの体内に入った「総合的な状況」を証明する必要があると述べました。
祖父を経由したトリメタジジンの摂取は、あらゆる可能性の中で最も起こりうるということ、真実である可能性があることは認識しているものの、証拠が不十分であり、ワリエワ自ら追加の証拠により祖父を経由したトリメタジジンの摂取説明を裏付ける必要があると主張しました。
これらを踏まえて、ロシアアンチ・ドーピング機構の懲罰委員会(DADC)がワリエワを「無過失かつ意図的でない」と判断したのは誤りであると述べました。
禁止物質の摂取というロシアアンチ・ドーピング規則違反は、意図的でないことを立証できる場合を除いて資格停止期間が4年となります。現時点では「意図的でない」ことを証明できておらず、また、祖父を経由したトリメタジジンの摂取説明を採用するとしても「過失はあった」と判断することが妥当だとしました。ただし、「過失はあった」と判断する場合は、彼女の保護対象者という立場を考慮して、最小限の処分にすべきとしました。
国際スケート連盟(ISU)の主張
CASの管轄権
ISUは、本事件の管轄権はCASにあると主張しました。
理由として、ISU アンチドーピング規則およびロシアアンチドーピング規則において、国際レベルのアスリートに関するアンチドーピング規則違反についての決定の控訴は「排他的にCASに提出できる」と規程されていることを指摘しました。本事件は国際レベルのアスリートであるカミラ・ワリエワのアンチドーピング規則違反の決定についての控訴であるため、CASに管轄権があると述べました。
アンチドーピング規則違反
ISUは、ワリエワが述べた「祖父を経由したトリメタジジンの意図しない摂取」について、証拠がないことから彼女が意図的にトリメタジジンを摂取した。そのため、資格停止期間4年を科すべきだと主張しました。
また、もし「祖父を経由したトリメタジジンの意図しない摂取」が受け入れられ意図的ではないとされる場合でも、祖父が違反物質を服用しているのであれば、ワリエワとその家族は、彼女の体内に違反物質が最大限避けるための努力をすべきだったがその努力を怠ったとして、過失ありによる2年の出場資格停止を科すべきだと主張しました。
出場資格停止期間は、ドーピング検査が行われた2021年12月25日から開始すべきだと主張しました。これは、ストックホルムの検査機関によって検査結果の遅れが発生したこと、ワリエワが2回弁護士を変更したこと、ロシアアンチ・ドーピング機関の懲罰委員会(DADC)による決定が遅れたこと、これら事情により処罰決定までに大きく遅延が発生しているため、CAS仲裁裁判後に出場資格停止期間を開始とするのはワリエワのキャリアにさらに大きな影響を与えるためです。
そして、出場資格停止期間中に達成したすべての競技成績を失格させるべきとしました。
世界アンチドーピング機構(WADA)
CASの管轄権
WADAは、本事件の管轄権はCASにあるというRUSADA、ISUの主張に同意しました。
アンチドーピング規則違反
WADAは、ワリエワが述べた「祖父を経由したトリメタジジンの意図しない摂取」について、証拠がないこと、裏付けられていないことから、認められないと判断しました。そのため、資格停止期間4年を科すべきだと主張しました。
- 祖父が問題となっている2021年末ロシア選手権の時期にトリメタジジンを使用した証拠がない。
- 祖父がトリメタジジンを購入した証拠がない。
- 2021年12月25日以前の祖父のトリメタジジン使用に関する文書の証拠がない。
- トリメタジジンが苺のデザートに入った経路についての証拠がない。
- ワリエワが、モスクワからサンクトペテルブルクへの列車で苺のデザートを持ち運んだという証言を裏付ける証拠がない。
- エリートレベルのアスリートがロシア全土を越えて自家製の苺のデザートを持ち歩き、競技期間中にそれを食べることは「本質的には信じがたい」。
また、もし「祖父を経由したトリメタジジンの意図しない摂取」が受け入れられ意図的ではないとされる場合でも、祖父が違反物質を服用しているのであれば、ワリエワとその家族は、彼女の体内に違反物質が最大限避けるための努力をすべきだったがその努力を怠ったとして、過失ありによる2年の出場資格停止を科すべきだと主張しました。
WADAがISUと異なるのは、ドーピング陽性反応が出た2021年12月25日からCASの裁定結果が出る期間までの競技成績を失効させた上で、資格停止期間がCASの裁定結果が出た日から開始すべきとした点です。つまり、ISUよりも厳しい処分を要求しているわけですね。その他はおおむね同じ主張を行いました。
CASによる裁定結果
CASの管轄権
CASは本事件について、自らが管轄権を持つと判断しました。
今回、ワリエワは自らが同意していないことから、CASによる管轄権がないのではないかと主張しました。そのため、選手による仲裁同意が必要かどうかを判断する必要がありました。この点について、以下理由によってCASが管轄権を持つと結論づけました。
- ロシアアンチ・ドーピング規則が強制的な仲裁を規程しているため。
- 北京オリンピック期間において、暫定的資格停止処分を解除する決定を支持したCASの仲裁をワリエワ自らが受け入れていることから、CASの管轄権を自らが事実上認めているため。
アンチ・ドーピング規則違反
CASはワリエワにアンチ・ドーピング規則違反による資格停止期間4年を科すべきと判断しました。その理由は以下のとおりです。
まず、ワリエワは「祖父を経由した意図しないトリメタジジンの摂取」を証明するために、以下3点を証拠により示す必要があります。
- 祖父が2021年12月下旬にトリメタジジンの薬を服用していたこと
- そのトリメタジジンが何らかの方法で苺のデザートに入ったこと
- ワリエワが苺のデザートをロシア選手権の会場に持って行き、日々食べたこと
しかし、これら3点を証明するには証拠上の困難があるとされました。
- 2021年12月25日以前に祖父がトリメタジジンを使用していたことに関する独立した証拠や文書証拠がない。
- 2021年12月25日以前のいかなる段階でも祖父にトリメタジジンが処方されたという証拠や、彼の医療提供者からのいかなる声明もありません。また、その時期にトリメタジジンを購入したという裏付け証拠もない。
- トリメタジジンが苺のデザートにどのようにして入ったのか、ロシア選手権に苺のデザートを持って行ったこと、ロシア選手権期間中に苺のデザートをどのようにして食べたのかに関する証拠がない。
- 祖父は健康上の理由から、事前に録画されたビデオと書面での証言のみであり検証する機会がなかった。そのため、祖父の証言は少ない重みを与えるしかない。
一方で、これら事項についても考慮していることを述べました。
- ワリエワのトリメタジジン検出量を鑑みると、汚染がモスクワではなくロシア選手権期間中に発生したということ。ワリエワが苺のデザートを持って行き、競技の日々にそれを食べたという今回提出された説明は、科学的に見て合理的である。
- WADAとISUは、ワリエワがトリメタジジンを意図的に摂取した可能性が高いと主張したが、これはCASが検討する必要はない。つまり、ワリエワがトリメタジジン摂取を意図的に行ったことを立証する、判断することは全く必要ない。とはいえ、ワリエワが意図的にトリメタジジンを摂取したということについて、WADAとISUが行った説明は説得力がないことを指摘する。
以上の事項を考慮したものの「祖父を経由した意図しないトリメタジジンの摂取」説明に説得されないと判断しました。ワリエワが「祖父を経由した意図しないトリメタジジンの摂取」により意図しない摂取をした可能性は確かにあるものの、証拠には多くの欠点があるため、おそらく正しいと判断することはできないとしました。
結果として、ワリエワは意図的にアンチ・ドーピング規則違反を犯さなかったということを、証明できなかったため資格停止期間は4年であると結論づけました。
彼女は保護対象者であり、資格停止期間を短縮する規程は確かに存在するものの、アンチ・ドーピング規則違反が過失であると証明された時のみ適用される可能性があります。今回のケースでは、意図的にアンチ・ドーピング規則違反が犯されなかったことを証明できなかったため適用ができないとされました。
また、資格停止期間の開始は、仲裁結果が出た日ではなく、ドーピング陽性反応が出た2021年12月25日から開始することとしました。これは、ワリエワの責任ではない複数の要因が重なったことにより処分決定までに遅延があったためです。結果として、資格停止期間は2021年12月25日~2025年12月24日となります。
今回新たに明らかになっている事項
ワリエワの祖父、実は祖父じゃない
ワリエワの祖父として紹介されているのは、ソロビヨフさん。ソロビヨフは、カミラ・ワリエワの母であるアルス・ワリエワさんの元パートナーの父親として紹介されています。しかし、ソロビヨフは、カミラと血縁関係はないそうです。
詳細は書かれていませんが、考えられるパターンとしては、ソロビヨフの奥さんはソロビヨフと再婚であり、彼女の連れ子がカミラの父親だったパターン、ソロビヨフはカミラの母アルスの初婚時の旦那の父親であり、その後別のパートナーと再婚した際の子供がカミラだったパターンあたりでしょうか。ロシアは離婚率が非常に高いことで知られていますが、それにしても複雑すぎる関係性です。そんな関係の人と仲良くするというのは、あまり日本人の感覚としては理解が難しいところがあります。
しかし、カミラはソロビヨフのことを祖父として認識しており、アルスも自らの仕事があるため、カミラのリンクまでの送り迎え等のお世話をソロビヨフにお願いしていたと述べられています。
ストックホルム検査機関での検査遅れ事情
今回の事件はドーピング検査の検体検査が遅れたことも、事件をややこしくした要因の一つでした。その検査が遅れた経緯等も説明されています。
コロナウイルスにより検査が遅れたことも言及されていますが、最初に陽性反応を確認できたのは「2022年1月11日」とされています。その後、陽性反応の確認手順において「不十分な品質管理」により3回の確認結果の否認を経て、通常とは異なる分析方法を考案して検査を行ったことが述べられています。
「2022年1月11日」の時点でわかったのであれば、ワリエワの代わりに第一補欠であったエリザベータ・トゥクタミシェワへの北京オリンピック代表交代も間に合ったのではないか?と思わずにはいられませんでした。
- 2021年12月25日 ドーピング検査実施
- 2021年12月29日 ストックホルム検査機関に検体到着
- 2021年12月30日 ストックホルム検査機関の閉鎖
- 2022年1月11日 ストックホルム検査機関の再開。検体のドーピング陽性反応
- 2022年1月12日 ドーピング陽性反応の確認開始
- 2022年1月17日 「不十分な品質管理」により確認結果の否認
- 2022年1月19日 2回目の確認を開始したが、これも「不十分な品質管理」により否認。3回目の確認開始。
- 2022年1月20日 3回目の確認も「不十分な品質管理」により確認結果の否認。
- 2022年2月3日 ドーピング陽性反応の確認のため、新たな分析方法の考案。
- 2022年2月4日 新たな方法による確認開始
- 2022年2月7日 ドーピング陽性反応の確認が完了。結果報告
仲裁裁判全体を通しての私見
仲裁裁判全体を通して、当事者であるワリエワ、RUSADA、WADA、ISUの主張と証拠を踏まえて公平にジャッジしているという印象を強く持ちました。それは、ワリエワの主張について吟味した上で証拠不十分だと判断した点、WADAとISUが述べた「ワリエワが意図的にトリメタジジンを摂取した」という点についても説得力がないと指摘した点からもわかります。
今回の裁定結果はあくまでも「ワリエワが意図的にアンチ・ドーピング規則違反を犯さなかったことを証明できなかった」ということであり、「ワリエワが意図的にアンチ・ドーピング規則違反を犯した」ということではないことに留意する必要があります。
裁定結果を読んでいて、最も印象的だったのが以下の文章です。この箇所は私がこの事件に感じている気持ちを表現しているものでした。それは、確かに彼女が述べている事柄は真実かもしれない。しかし、彼女が述べている事柄を裏付けるための証拠があまりにも足りなさすぎるということです。
彼女(カミラ・ワリエワ)は正直で率直、信頼できる証人であり、彼女の無実の主張が信じられるとパネルは感じました。彼女は明らかに知的で話のうまい若い女性です。それにもかかわらず、これらの主張だけでは、彼女が故意にアンチ・ドーピング規則違反(ADRV)を犯さなかったことを示すという彼女の負担を免れるには明らかに不十分です。これは、アスリートが禁止された物質を故意に摂取しなかったという声明だけでは、ADRVが故意に行われなかったと結論付けるにはあまりにも脆弱な根拠であるというケースの1つです。
一方で、本人の責任によらない事情で体内に禁止物質が入ったのであれば、それを本人の責任によらない事情であるということを説明するための証拠を提示するのは非常に難しいことであるようにも感じました。今後、このようなことが起こらないことを切に願うばかりです。